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東ッタゆらぎ

先日あったことを記します

『ラブドール』第2話 人形解体作業

 

 朝、私は美鈴を手放すことを決心し心が晴れやかになった。

 まだ、新しいラブドールは買っていないが、それでも美鈴からの呪縛から解き放立てたと思うと心が救済された気分になる。

 

……今日も仕事頑張ろう!

 

 覇気のない、消費される日々におさらばできると嬉しくなった私はいつもより早く仕事を切り上げ家に帰った。

 

 新しいラブドールを買うにあたって、やはり美鈴は処分しなければならない。そのためにも工具でバラバラに無残に壊して殺して、過去の思い出すらもすべて粉々に砕いて潰して、目の前にある塵のように吹き飛ばさなければならない。

 

 したがって私はリビングに置いてあった美鈴(人形)を工具のおいてあるガレージに運んだ。椅子に座っていた美鈴を仰向けにして工具箱からノコギリを取り出した。

 そして、ノコギリの反動で人形が動かないように万力で美鈴を固定した。

 

 私は美鈴に向き合って、彼女の全身を隈なく見つめる。

 私は解体しやすいようにすでに美鈴を全裸にしていた。

 

 

 

―――美鈴が私の家に来た時を思い出す、それは一年前ーーー

 

 

 美鈴が家に来るのを待ち遠しく待っていた時のこと。

 

 私は家の外に出ては内に入ったりとまだかまだかと美鈴を待っていた。あの時の私は幸せでーーー順風満帆でこれからの<ドール>との生活を心待ちにしていた。

 

 家に一台のトラックがきた。

 しかしそのトラックは実に今まで見たことのない車のようで、トラックと形容しがたいものだった。なにかを運ぶための車だとは外見上わかるのだけれども、しかし何か普通の運搬に用いられるトラックとは違っていて、ある特定の物しか運ばない車のようだったのだ。……いや、ある特定の物しか運べなかったのだろう。それを運ぶための造りになっていたに違いない。

 以上のことを踏まえて<トラック>という名のそれは私の家の前で停車した。

 

 もう私は停車した瞬間、美鈴が来たと確信した。

 

 停車したトラックの扉から何やら怪しい不思議なオーラを纏っている和服をきた女が出てきた。

 その女は私に近寄ってきて、私の姿を全身嘗め回すように見る。

 私はなんというか、恥ずかしい感じがしたので目を逸らしてしまう。

 そして私が再び女に目を向けた。

 彼女は何処か人間とは外れたような生き物に感じられた。しかし生き物とはいっても長身の背丈にほっそりとした体躯、そして滴るような滑らかな髪に十中八九誰もが認める美人であった。

 そして、いかにも彼女を別次元の人間だと印象的にさせるのは右目だけについた方眼鏡、寒色系を特徴とさせた和服、そして何よりも何を思考しているのか解からない様な嘲り混じりのフェイス。

 非常に彼女は特徴的だった。

 そして私を観察し終えたのか、彼女は私の眼をみて、丁寧に挨拶をした。

「あなたが美鈴の購入者ね。このたびはワタクシ、遠山影鬼(とおやま かげき)の人形をご購入いただきありがとうございます」

 

ーーー遠山影鬼。購入したからこそ名前は以前からしていたというもののまさか女だということに驚いた。

 私は黙っていたので、遠山さんは首を傾げる。

「え? あなたじゃないの? 住所間違えちゃったかしら」

「いえ、私が美鈴を購入しました。たじろいでしまってすいません。遠山さんは男の人と思っていましたので少し驚きました」

「そうよね。あなたが購入者だわね。……それはそうとワタクシは人形師の世界ではなかなか有名なのだけど、男性と思われていたなんてことは中々稀よ、全く女の人に男だなんて失礼しちゃうわ」

「それはすみません。それにしても遠山さんお美しいですね」

「あら、あなたお上手なこと。あ、あとワタクシのことは影鬼でいいですわよ。そのほうが慣れていますし」

 なかなか積極的な人であった。

 それに謙遜もなく自分を人形界のエキスパートというのだから、それほどのものなのだろう。

「じゃあ、早速ですが影鬼さん、美鈴の取引をお願いしたいのですが……」

「あらあら、そうだったわね。じゃあ早速始めたいのだけど、その前に注意点というか、あなたの審判を聞きたいのよね」

「審判と注意点は全然違うものじゃないですか? それに審判って具体的にどんなものを審判するのですか」

 

「そりゃもちろん、ワタクシの人形とこれからを歩んでいくことについてだわ。審判とか注意点とか言っていたけれど、この場合どうでもいいの。あなたの言葉、考えを聞きたいのよ。所謂、これから美鈴と過ごしていくに当たってどんなLIFEにしていきたいとか。里程標を教えて欲しいわけなのよさ」

「……そうですね。毎日を順風満帆に覇気のある、意味のある充実した日々にしていきたいですね。私から言うのも何ですが、私にはいろいろ人間としての欠陥があると思います。例えば、今回のような一般の女性とは入籍せずに、人形という人工的な意思の持たない物と籍を置くことに決断したこととかですかね。その事情は深々と語ることは出来ませんが、私が愛という物に飢えていたことは確かです。その時にあなた、遠山影鬼の人形に出会ったのです。一目見たときから一目惚れでした。そうして決心したのです。私は人間ではなく人形、いや美鈴とこれからを歩んでいきたい、という熱い意思がです。なので今回、人形を購入者させていただきました」

 

「そう、意思ね……」

彼女は下を向いて考えた。何を考えているのかは全く分からなかったけれど、何かを悩んでいるようだった。

そうして考えてが纏まったのか、私の方に視線を戻して続けた。

「あなたの考えはわかったわ。強い意思ね。全く惚れ惚れしちゃうわ。ワタクシも殿方にそんな風にいい攻められて見たいものね。それでそれで、最後に言わないといけないこと。……後悔はしないでね」

私はこの後悔のことを少し甘く考えていたのかもしれない。

そもそもこの後悔の意味がよく理解していなかったのかもしれない。

しかし、その時の私は威勢堂々と

「後悔なんてしません! こう言うとなんか変ですが、私は一生美鈴を幸せにしてみます」

と言ってのけた。

 そうして、影鬼さんはフーっと息を吐き出して。何かを整理したように、改まって私を見つめた。

「そう……それじゃあ今から美鈴を運ぶから、少し手伝ってくれないかしら」

影鬼さんはトラックの内部から棺桶のようなものを台車に転がしてもってきた。

「この中に入っているのが美鈴よ。扱いに注意することはないわ、素材は高級品で耐久性も1000年以上の保証がある。まあ、それでもぞんざいに扱わないで、美鈴が可哀想。これでも私の造った人形は全て家族見たいなものだから」

「ぞんざいに扱うだなんて、私は一生、大切にしてみますよ。それじゃあ料金を渡しますね」

  私は玄関に置いてあったケースを影鬼さんに渡した。彼女はケースに入っていた1億2000万のお金を精密に数える事もなくトラック内に丁寧に収納した。

「これで交渉成立ね。どうか美鈴を大切に」

 

彼女、遠山影鬼はトラックの方へ向かった、しかし何かを思い出したかのように小走りで再度駆け寄ってきた。

 

「そういえば、あなたの名前まだ知らなかったわね。取引する相手なのに知らないなんて中々おかしい話だわ」

「そうでたね。てっきりもう私は名乗ったものだと思っていました。私の名前はーーー〈柏木坂 柏〉ーーーです」

「あらあら、変わったお名前ですね。偽名かしら? まあ……柏木坂さん今回はありがとう」

「偽名だなんてそんな。本名ですよ本名。それはともかく、今回は本当にありがとうございました」

私は深く影鬼さんにお辞儀をした。

「うふふ、それじゃあね」

と言って影鬼さんはトラックに乗り込みエンジンをかけた。

そして出発しようとした最後、トラックの窓を開けて

俺の核心を突くような、過去を掌握されているような、劇的な意味不明なことをいわれた。

「柏木坂さんあなた、ワタクシのボディガードになってみない?? ワタクシこれでも一介の人形師ではなく人形界のエキスパートなの、だから最近はワタクシの技術や作品を盗もうとする輩が多くてね。いろいろ危惧してしまうの。不安を取り除く為にも、あなたには私を護って欲しいのよ。あなたそれなりに自信あるんじゃない?? その右手のまめ、よっぽど料理が好きな泥酔人が四六時中、包丁を握ってないと出来ないのよさ」

俺は黙る。

料理など嗜む程度で泥酔するほど好きではない。

苦しい。

それでも影鬼さんはやめなかった。

「ワタクシとしてはあなた、料理はしてそうにないのよね。あなたはこうして取引する前までは何かをしていたような感じがするのよね。ワタクシはもちろんそれが何か知っているわけじゃないけれど、何となく予想はつくわ。あなたが人間の女を愛せない理由。人形に拘泥した理由。それはあなたの生き様に直結するわ」

 もうやめてくれ。俺の過去を模索するのは…。

 

「もう、こうして取引は無事終了して交渉は成立した後なんだけれど、ワタクシのボディガードならぬ、ワタクシと共に過ごすことは叶わないのかしら。あなた、おそらくこのまま美鈴という人形と過ごしていくときっと壊れてしまうわ。あなたも美鈴も。だから私について行くってことで手を打たない? 美鈴なんて捨てて……私は人を助けることが好きなのよ。私の人形で人が救われるーーーそれはとても良いこと、しかしあなたのような柏木坂さんのような人には正直、もう遅いけれど、販売するのは誤りかも知れない。もう一度言います。そこにいる美鈴を私に返して、あなたは私と共に生きませんか、行きませんか」

彼女は気付けば敬語になっていた。

 

全て、見破られたようだった。

俺という人間を。

しかし、決断したことは曲げられない。

俺の決断は間違っていない。

これが俺の判断。

ーーー正しい審判。

 

「私の意思は変りません。これからもずっと、ここにいる美鈴と一緒に暮らして行くと、購入する前から決断していました! 私は気持ちを曲げたりしない」

そう、言ってのけた。

影鬼さんは残念そうに、そして何か諦めたかのように。

「そう……もう、仕方ないのかもしれないことなのね。

それじゃあ最後にーーーまたのご利用をお待ちしています」

 

彼女は社交辞令のようにそう私に告げて去って言った。

跳んだ長話。

そして遠山影鬼が去った後、

私は玄関に置いてあった棺桶のような木箱の蓋を開けて美鈴を取り出した。

(あの時、箱を開けたとき私はどれくらい感動したっけ、思い出せないな、けれどたくさんいっぱい泣いたことは鮮明に覚えているな)

 

取り出した美鈴をリビングにある椅子に座らした。

 

 

 

ーーーそして一年。

 

 

今に至る。

 

ノコギリを美鈴の首元に斬りこもうとしていた私がいる。

 

過去のことについて長々と思い耽ったのちに涙が出てきた。

このまま美鈴を切って切って切ってバラして捨てることが叶うのか??

今までの美鈴との思い出が一気に頭に痛いぐらいに上映される。

 

けれど美鈴は必ずこの家から消す。

 

存在を消す。そうして心が洗われる。

美鈴を己の心のセラピーのようなもののために購入したのにーーーこの様、まるで人間としてgarbage。

影鬼さんに知られたら。

「ほら、いわんこっちゃない。ワタクシの言った通りだ」と言われそう。

 

私は摩擦によって切るノコギリは時間を要して、過去の美鈴との記憶を思い出してしまうので、使い慣れた、何度も光景した、鉈に握り変えた。

 

鉈ならばスパッといい音で切り落としてくれるに違いない。

私は持ち手に少し血が染み付いていた鉈を握って思いっきり振りかぶった。

 

このとき私の表情はわからない。

泣いているのか、笑っているのか。想像もつかない。

 

そしてーーー振り下ろす。

 

 

 

 

鉈の刃は美鈴には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

……切れないのだ。涙が眼から溢れてくる。

 

「今までの一緒に過ごしてきた女にこんなことできるわけ……無いじゃないか! 畜生! 俺はどうしたらいいんだよ!どうすれば心が救われるのだよ!教えてくれよ!」

 

私は夜中ずっと鉈を美鈴の部位に振り下ろそうとしたが何も出来なかった。傷1つすら付けれないほどーーやはり捨てるとはいっても美鈴は大切なものだと実感した。

 

 

朝になった。

 

今日は仕事なのだか、もうそんなことは忘れてしまっていて、無気力にただ、ガレージの椅子に座り込んだ。

 

 

四六時、考えた。後悔した。

 

 

そう、今になって影鬼さんの言う〈後悔〉というものにぶち当たったのだ。

彼女曰く、「あなたのような人間じゃ、美鈴と上手くやっていけない。あなたに売ることは誤り、後悔しかしない。私の人形なんかであなたは救われない」と。

 

そう、俺という人間はもうどうしようもなく壊れていて、遠山影鬼さんの言うように人形なんかじゃ救われない。人形など気休めのようなもの。

 

あのまま、影鬼さんについていけば更生していたのかもしれない、しかしそれでも美鈴との生活を選んだ。

この決断を影鬼さんは愚行とみなし残念そうにしていたのだろう。

 

後悔、彼女について行きたかった。

事実、新しいラブドールが買いたいなんてただの虚言。

 

自分はこれからどうすればいいのだろう。

 

自分を見つめ直すことか? 

ラブドールを新しく買うことでまた、気休め程度の救済に身を投じるのか?

 

この二択。

俺はわからない。思考し続ける。

 

このジレンマ。

なかなかどうして時間がかかる。1日では決断仕切れないほどの深みがある。

 

決断できないのは過去の自分の所為。

 

過去の自分の過ち。

 

この悩み、心の痛み、苦しみが罪と罰

 

 

「あなたがどんな人間かは予想がつきます」

これは影鬼さんの言葉。

ーーーあなたのような人間。

どんな人間??

もう昔のことに向き合おう。

しっかりと言ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は美鈴を買うまでーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数え切れないほどのーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー女を殺してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故に私は殺人鬼。

 

 

 

 

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次回最終話

 

これから先の主人公君、柏木坂柏(かしわぎざか かしわ)

の更生劇はいかに?!